サッカー記者が歴史の専門家に聞いたら…
2010年3月11日
<江畑英郷さん・取材後記>
最初は冗談のつもりだった。
今回の企画で過去の「奇跡」「番狂わせ」を検証することになり、サッカー班のミーティングで具体例を挙げることになった。
ちょっとなごやかな雰囲気にしようと思って「番狂わせと言えば…桶狭間の戦い!」と発言したら、すんなり通って、担当することになった。
でも考えてみれば当然だろう。桶狭間は「番狂わせ」を代表する合戦といっていい。
さて、どんな方に話を伺えばいいのか。それを調べるところからスタートした。
書店や図書館の歴史コーナーで、織田信長に関する本を読みまくった。その中で手が止まったのが歴史研究家、江畑英郷さんの本「桶狭間 神軍・信長の戦略と実像」(カナリア書房)だった。
非常におもしろい本だった。第一級史料といわれる「信長公記」に書かれた事柄を軸として、謎を解いていく形で桶狭間の実態が明らかになっていく。まるで推理小説を読んでいるようだった。
この著者しかいない。そう思い、江畑さんに取材をお願いした。
「スポーツ紙のサッカー担当ですが、W杯の企画で…」。どう考えても不思議な依頼だが、江畑さんは我々の意図を理解して快く引き受けてくれた。江畑さんは会社員なので、お仕事が終わった後の貴重な時間を取って頂いた。
W杯サッカーと桶狭間の戦い。確かに、直接の関係はない。でも、勝負という観点で見れば、十分につながりがある。江畑さんの話から導き出した教訓は、岡田ジャパンに役立つと思うが、どうだろうか。
江畑さんは約3時間も取材に対応してくれた。桶狭間の合戦だけでなく、歴史に対する思い入れなども聞いた。
「私は歴史に驚きを望んでいます。自分の常識が壊れていくというか、現代が失ったものをあらためて発見して驚いています」。
本を読んでいても、話を伺っていても、江畑さんからは迫力を感じた。口ぶりは至って穏やかだが、歴史に対する思いがにじみ出ていた。
さて、江畑さんの本には桶狭間の戦いに関する新説が数多く載っている。それを新聞やコラムで紹介しようかとも思ったが、やめておいた。推理小説の結末を明かしてしまうほど、やぼなことはない。
興味ある方は、ぜひ読んで頂きたい。【飯島智則】
<小和田哲男さん・取材後記>
まさに「歴史の伝道師」だった。静岡駅南口のホテルの喫茶店。待ち合わせぴったりの時間に現れた静岡大の小和田哲男名誉教授は、我々取材班の突拍子もない取材依頼を、笑顔で受け入れてくれた。
取材班 日本代表がW杯で奇跡を起こすためのノウハウを、桶狭間の合戦から学ぶというテーマで話していただきたいのですが。
小和田教授 ああ、面白そうじゃないですか。私の話をサッカー面に載せていただけることなんて、めったにないでしょうし。
するとサッカーにつながるような切り口で、桶狭間の合戦が軽妙な口調で語られ出した。正確な本陣奇襲を可能にした情報戦の大事さは、サッカーにも通じることではないか。出陣を前に敦盛を舞うようなカリスマ性を高めるパフォーマンスは、どんな世界でも勝負に臨む指揮官には必要。親衛隊を2つに分けて功を競わせたことが桶狭間の勝利につながったが、これは日本代表でも同じでは-。
濃密な1時間。きっちり1時間。小和田教授は「そろそろ時間ですね。よろしいですか」と確認すると、笑顔で席を立った。後には、当初の意図通りの取材ができたときだけに感じる、幸福な余韻が残った。
後日、我々は歴史家の江畑英郷氏にも、桶狭間の戦いについてお話を伺った。小和田教授に取材したことを説明すると「小和田さんといったら、我々の世界ではまさに大御所。1年中講演などで日本中を飛び回っているはずだし、よく時間をとってもらえましたね」と驚いていた。
そして「取材や番組の意図にあわせて、やわらかい語り口で説明されるのは、小和田さんならではですね。我々専門家向けに、非常に堅い内容の論文も書いておられますが、使い分けが上手なんです」と説明を付け加えた。確かに去り際の小和田さん最後の言葉は「これをきっかけに、たくさんの方が新たに歴史に興味をもってくれると、私としては非常にうれしい」。あらためて、小和田教授の歴史に対する愛情を感じた。
翻って、サッカー選手たち。彼らは「伝道師」として、世間のみんなにサッカーのすばらしさを伝えられているだろうか。「いつ出番が来てもいいように、いい準備をする」「次もがんばりますので、応援をよろしくお願いいたします」では、サッカーを知らない人々を振り向かせることはできない。気が向かないからといって、試合後の取材エリアを素通りするのでは、問題にもならない。
W杯の期間は、世界中がサッカーに注目する。新たなファン獲得のためには、またとない機会だ。内心はサッカーに対して硬派であっていい。いや、硬派であるべきだ。だが一方で「きっかけ」と割り切って、世間の耳目を引き付ける工夫も、もっと必要ではないか。織田信長の戦いぶり以上に、小和田教授の「伝道師」としての姿に学んでほしいと強く願う。【塩畑大輔】
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